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乃木希典は責任を感じておったのだなぁ

「乃木希典」アクリルストラップ【立像】
やっぱり気にしておったのか。

乃木希典:「多くの兵を死なせた」自責の手紙

なんとなく、能天気に全然気にしてないような雰囲気なので、ちょっと誤解してたかな。
司馬史観に染まっているのも原因かな。
申し訳ない。
手紙では、戦争で多くの部下を失ったことについて「申訳ナク」などと、天皇陛下や遺族に対する思いが書かれている。一方で、日露戦争で2人の息子が戦死したことに触れ、愚かな父の面目を保ってくれた、などとする複雑な心情も吐露。乃木に跡継ぎがなくなったため、佐藤から養子を勧められたことに対しては、「弊家ハ小生共一代」と記し、自分の一代で終わらせる決意を示した。乃木直筆の手紙の証明として、荒木貞夫・陸軍大将らの署名があった。

生粋の軍人ってカンジがするなぁ。
ちょっと見直したですよ。

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(2011/11/19)
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コメント

この人の経歴を見ると、九州戦役で軍旗を奪われて以来、死にたがっていたふしがありますね。

まぁ、人が良いので、あらゆる苦難(部隊が壊滅して、多くの兵士を死においやった)の責任をとろうとしても周りは逆にそういう姿勢を評価して、責任をとらせず、むしろ「余が生きているうちに勝手に自決してはならんぞ!」と明治天皇に戒められたとか。また、そういう周囲の思いやりが、本人にとっては苦痛でしかたなかったという一面がありそうです。

後年「電車に乗って席に座ろうとしても、横から、すっと座られてしまう…それが人生ってものです」と語っていますから、経歴だけみれは周囲に好かれ、人臣位を極めた将軍なのでしょうが、針のムシロのような人生だったんでしょう。
■zabaraさんへ返信
あらまぁ、コッチにも顔を出してもらって恐縮です。
そうですね、人がいいのは間違いないですもんね。
それだけに、生きてて辛かったんでしょうかねぇ。

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コバヤシマサキ

Author:コバヤシマサキ
こんにちは。
1972年4月生まれ、40歳、既婚、子供3人。

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